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横浜地方裁判所 昭和42年(わ)1393号 判決

被告人 下山久信

昭二〇・一一・二五生 書籍店経営

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実の要旨は、

被告人は、昭和四二年八月二三日横須賀市において原子力潜水艦寄港阻止横須賀実行委員会が主催した「ベトナム侵略反対、エンタープライズ寄港阻止、米原潜入港抗議横須賀大集会」に参加したものであるが、同日午後六時五六分頃から同日午後七時三四分頃までの間同市汐入町無番地臨海公園中央出入口附近から同市本町二丁目二番地全駐労横須賀支部事務所前に至る間の道路上において、前記集会に参加した約一〇〇名の学生集団が神奈川県公安委員会において前記主催者に対して集会、集団示威運動の許可に当つて付した条件に違反してかけ足行進、ジグザグ行進、うずまき行進、隊列のことさらな停滞等を行つた際、外数名と共謀のうえ隊列先頭列外に正対して位置し、笛を吹き、手を振り、肩車に乗つてアジ演説をし、シユプレヒコールの音頭をとる等により前記行進または停滞の指示をし、もつて前記許可条件に違反した集団示威運動を指導したものである。

というものであつて、右事実は証人藤崎義信の当公判廷における供述、(中略)を総合してこれを認めることができる。

二、しこうして、被告人の右所為は形式的には神奈川県条例第六九号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下本条例という)三条に基き神奈川県公安委員会がなした本件集会、集団示威運動に対する条件付許可処分の条件によつて補充される本条例五条に該当するものであるが、右条件付許可処分の条件は全体として無効といわざるを得ないので、右条件によつて補充される本条例五条は被告人の右所為につき適用することができないものと考える。当裁判所がかく判断する理由は以下のとおりである。

三、(一) 憲法に規定する諸種の基本的人権の中で憲法二一条で保障する集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由は最も重要な地位を占めるものである。ことに憲法が基本的な政治原理とする代議制民主主議の存立維持にとつては選挙権を有する国民の間に広く政治的意見と思想の醸成されることが前提であるところ、まさにその不可欠の手段としての表現の自由の完全な保障が要請されねばならない。ところが、大衆社会といわれる現代社会にあつては表現の自由が単に個人的権利として止まるにおいてはその十分な機能を発揮することが困難な状況下にあるため、ここに自らの意見、思想を主体的に表現する手段として実施される集会集団行進、集団示威運動(以下単に集団行動という)は極めて重要な役割を果すものであり、また代議政治が不断に国民の意思を汲んだ運営をするうえで集団行動は請願と共に選挙権を補う参政権的意義をも有するものである。

(二) しかし、表現の自由といえどもこれを濫用してはならないのであつて、他人の基本的人権との矛盾衝突を調整する原理としての公共の福祉による制約を免れず、とりわけ集団行動は、言論、出版等の自由に比しその性質上特殊な行動様式を伴うところから平穏な社会的秩序に動揺を与え、他人の基本的人権に影響を及ぼすことがありうるため、これを言論、出版等の自由とある程度異つた規制に服せしめる必要も認められるが、右規制の程度もまた公共の福祉による制約としてやむを得ない必要最小限度のものでなくてはならない。

(三) ところで、本条例を含め各地方公共団体が制定しているいわゆる公安条例における集団行動に対する規制方法が憲法二一条に反するか否か疑問とする向きも多いのであるが、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下都条例という)の定める規制方法の基本的部分(許可制)につき、昭和三五年七月二〇日最高裁判所大法廷判決はこれを公共の福祉による必要最小限度の措置であつて憲法二一条に違反しないと判断し、今日に至つている。しかして、右判決における判断の基本的理由は、都条例三条によつて許可が義務づけられており、不許可の場合が厳格に制限されている、従つて都条例は規定の文面上では許可制を採用しているが、この許可制はその実質において届出制とことなるところがないことを中核に据え、なおその許否決定の基準の抽象性、許否決定のなされないまま集団行動の実施予定日が到来した場合の救済規定の欠如、集団行動実施場所に関する制限の包括性をもつて直ちに違憲となし得ないというにあるが、右において許可が義務づけられている点を実質において届出制とことならないとする点は昭和二四年新潟県条例第四号行列行進、集団示威運動に関する条例につき昭和二九年一一月二四日最高裁判所大法廷判決が示した「行列行進又は公衆の集団示威運動は、公共の福祉に反するような不当な目的又は方法によらないかぎり、本来国民の自由とするところであるから、条例においてこれらの行動につき単なる届出制を定めることは格別、そうでなく一般的な許可制を定めてこれを事前に抑制することは、憲法の趣旨に反し許されない」との根本原則を追認し、これに則つているものと解されるばかりでなく、また都条例における規定上の不備、不明確性等の欠陥を認めつつ違憲でないとした点の趣旨に鑑みると、その個々の規定については、その採用する許可制が実質的に届出制として機能するようにまた規定上の欠陥に基く不当な運用によつて集団行動の自由を侵害することのないように厳格な合憲的解釈が施されることを前提としているものと解することができる。

(四) しこうして本条例の文言、体裁、内容等は、これを検討するに都条例のそれと殆どことなるところがないものであり、前記都条例に関する大法廷判決の判断と別異に解すべき特段の事情の変化も認められない以上、右判断は本条例についても妥当するものとしてこれに従い本条例の定める集団行動に対する規制方法の基本的部分(許可制)は憲法二一条に反するものでなく、集団行動の自由を最大限に尊重しつつ、これと矛盾衝突することのある反対利益、すなわち本条例三条にいわゆる公共の安寧を保持するための必要最小限度の調整措置と解し、なお本条例の個々の規定については、前記のごとき厳格な合憲的解釈を施すべきものと解する。

四、(一) そこで本条例三条一項但書の規定の趣旨について検討するに同但書は、公安委員会が同項本文の許可をするに際し「次の各号に関し必要な条件をつけることができる」と規定している。しかし、いかなる場合に必要と認めて条件を付することができるのかは明示されておらず、また各号も条件として付しうる事項として「一、官公庁の事務妨害防止に関する事項、二、じゆう器、きよう器、その他の危険物携帯の制限等危害防止に関する事項、三、交通秩序維持に関する事項、四、集会、集団行進又は集団示威運動秩序保持に関する事項、五、夜間の静ひつ保持に関する事項、六、公共の秩序又は公衆の衛生を保持するため、やむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項」を掲げるのみでその条件の内容的限度については明示するところがない。しかしながら、同条項の規定の体裁からして無条件許可を原則としていることはこれを窺うことができるのみならず、本条例の許可制は集団行動の自由を最大限に尊重しつつ、これと矛盾衝突することのある反対利益である公共の安寧の保持との調整を必要最小限度においてするものであつて、条件の付与は、集団行動の自由を一部禁止し、特定の作為不作為を命ずるものであるから、条件を付しうる場合並びにその条件の内容的限度は、その性質上当該集団行動の実施目的に照らして必要最小限度でなければならない。

(二) そこで右の観点に基き条件を付しうる場合を考えてみるに本条例三条一項本文は、公安委員会は許可申請に対し「集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない」として原則として公安委員会に対し許可を義務づけると同時に、同条に示された極めて限定された場合に限り例外的にこれを禁止することができるものとしている。従つて集団行動の実施が公共の安寧を保持するうえに直接危険を及ぼすと明らかに認められない以上、たとえそのおそれがあつても許可しなければならない反面、右の直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合でも公安委員会の載量によつて許可することもできるのであつて、本条例三条一項但書の条件は右の各場合に付しうるものと解すべきである(なお同条項但書の条件中六号の進路、場所又は日時の変更は、許可申請の内容自体に対応するもので一部不許可とする処分であるから、右の直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合に付しうるものである)。次に条件の内容的限度について考えるに、集団行動の実施が公共の安寧を保持するうえで直接危険を及ぼすのを予防するための必要最小限度のものを例外的に付しうるものと解すべく、この限度を超えて付された条件は、法規裁量の限界を逸脱したものとして無効といわねばならない。

(三) ところで本条例が地方自治法一四条一項に基き同法二条三項一号に掲げる「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること」という事務に関して制定された条例であることは本条例三条の規定文言からして明らかであるところ、同条に「公共の安寧を保持する」というのは、住民および滞在者の生命、身体、自由、財産ないしその有機的総和としての地方公共の安全と秩序、要するに当該地方の社会共同生活の安穏正常な運行状態を保持することを意味するものとまず解される。しかし地方自治法一四条一項により条例は法令に違反しない限りにおいて制定することができるにすぎないから、道路交通法との関係からなお次のような制約をうけているものというべきである。すなわち道路交通法は、道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図る目的をもつて、道路における歩行者、車両等の通行方法を規制するほか、道路における交通の危険を生じさせ又は著しく交通の妨害となるおそれがあると認められる行為を禁止し、道路使用許可をうけるべき場合並びにそれに伴う警察署長の措置を定めると共にその許可手続を規定(道路交通法七七条、七八条)しており、道路における集団行動も右規制の対象となつていることはその法条の趣旨からして明らかであり、条例においてはもはや集団行動について道路交通法と同一の趣旨目的をもつてする規制は許されないのであるから、本条例は道路交通秩序維持を目的とする趣旨を含まず、従つて「公共の安寧を保持する」とは結局道路交通秩序を除くその余の当該地方の社会共同生活の安穏正常な運行状態を保持することといわざるを得ない。

(四) しこうして集団行動の実施は、それが平穏正常に行われる場合であつても、その性質上道路交通秩序のみならずその余の当該地方における社会共同生活の安穏正常な運行状態に対しある程度の影響を及ぼし、若干の支障を生ぜしめることもあり得るものであるから、公共の安寧を保持するうえに「直接危険を及ぼす」とは、かかる程度を超えて道路交通秩序を除くその余の社会共同生活の安穏正常な運行状態を著しく混乱させ、阻害し、又はかく乱させること(以下直接危険状態という)を意味するものと解するのが相当であり、従つて条件は右直接危険状態の発生を予防するための必要最小限度のものでなくてはならない。

(五) これを条件の対象となるべき行為の側面から考察すると条件は集団行動を行う者に対し特別の作為不作為を命ずるものであるが、もともと条件は「集団」行動の自由とその反対利益との調整措置として付されるものであることからして、条件は集団行動の個々の参加者がこれに違反してもおよそ「集団」行動自体が条件違反という義務違反性を帯有するに至らないようなものではなく、これに違反すれば「集団」行動自体が条件違反という義務違反性を帯有するに至るものでなければならないから、結局条件は前記直接危険状態の惹起に必結するような集団行動の自由の具体的行使の態様たる行為を対象としてこれを付すべきものといわざるを得ない。

五、以上の諸考察の結果に照し条件が無効となるべき場合を以下に列記する。

(一)  集団行動の個々の参加者が条件に違反してもおよそ「集団」行動自体が条件違反という義務違反性を帯有するに至らないような行為を対象とする条件は、もともとこれを付し得ないものであるからその意味で調整措置としての条件の必要最小限度を超えるもので無効というべく、このような条件も条件として付せられた以上本条例四条の即時強制の根拠となり、同五条の犯罪構成要件を補充し現行犯逮捕の根拠ともなるところから集団行動の自由に対する侵害の可能性を有し、憲法二一条の趣旨に反するものである。

(二)  前記直接危険状態の惹起に必結しないような行為を対象とする条件は必要最少限度を超える条件として無効であり、かかる条件を付することによつて集団行動による思想意見の表現形態を不当に抑圧する場合には憲法二一条の趣旨に反するものというべきである。なお、この点に関連して本条例三条一項但書三号の「交通秩序維持に関する事項」として付しうる条件について考えるに、前記のように道路交通秩序維持自体は本条例の目的ではなく道路交通法の規制領域であり、右条件も前記直接危険状態の惹起に必結するような行為を対象とすべきものであるから、専ら道路交通秩序維持の目的にのみ資する事項を右条件内容とすることのできないのは勿論、道路交通秩序を侵害するものであつてもその余の社会共同生活の利益をさほど侵害するに至らないような行為については道路交通法によつて規制の対象とすることは格別、右条件の対象とすることはできず、右条件としては道路交通秩序を乱し、これによつて右直接危険状態の惹起に必結するような行為を対象とすべきものというべきである。

(三)  条件は集団行動を行う者に対し特別の作為不作為を命ずるものであるところからして、条件内容は明確なものでなければならない。条件は本条例四条の即時強制の根拠となり、同五条の犯罪構成要件を補充して現行犯逮捕の根拠となるものであるから、その条件が不明確であるときは当該条件自体が、かかる強制行為の恣意的な発動に根拠を与え、集団行動の自由に対する必要最小限度を超えた規制を許容することとなるものであり、この意味で内容不明確な条件は本条例三条一項但書の調整措置としての必要最小限度を逸脱し無効というべく、また集団行動の自由に対する侵害の可能性を有するところからして憲法二一条の趣旨に反するものである。

(四)  条件は本条例三条に基き公安委員会が当該集団行動の実施を許可する場合にこれを付することができるのであるが、本条例自体において集団行動の参加者に対し一定の作為不作為の義務を課しその義務違反行為につき即時強制を認め犯罪構成要件を設定している事項については、本条例は公安委員会に対しもはやこれを委任の対象としていないものと解されるところ、かかる事項と同じものを内容とする条件は本条例自体に抵触して形式的効力を欠くものであつて無効というべきである。

六、そこで以上の見地に基き本件各条件の適否について検討する。第九回公判調書中証人大砂吉雄の供述部分、集会、集団示威運動並びに道路使用許可申請に対する条件付許可書によれば神奈川県公安委員会が本件集会、集団示威運動の許可に当り本条例三条一項但書により付した条件は別紙のとおりであつて、右はいずれも本条例四条の即時強制の根拠となり、同五条の犯罪構成要件として運用されるものとして定立された条件であり、単なる注意事項を含まないものであることは明らかである。

(一)  集会、集団示威運動の秩序保持に関する事項として付された条件について

まず(1)、(2)、(4)および(5)の後段の条件は主催者および役員を名宛人とするものであつて、いずれも同人らがこれに違反したからといつて集団行動自体が条件違反としての義務違反性を帯有するものでなく、この意味で本条例三条一項但書の必要最小限度を逸脱する条件として無効であり、かかる条件も、これに基き本件集会、集団示威運動に対する規制がなされて表現の自由に対する侵害の可能性を有するものであるから憲法二一条の趣旨に反するものである。もつとも右(1)については集団行動の参加者全員の名宛人とするものと解しうるとしても極めて抽象的で不明確な内容をもつものといわざるを得ないからやはり本条例三条の一項但書の必要最小限度を超える条件として無効であり、前同様に表現の自由に対する侵害の可能性を有するものであつて憲法二一条の趣旨に反するものといわざるを得ない。なおこれらの条件は、その内容において、平穏で秩序ある集団行動にあつては自ら当然に遵守しており、あるいは遵守すべきものであることについては当裁判所もこれを認めるにやぶさかではないが、そのこととこれを条件として即時強制の前提とし、現行犯逮捕の根拠となし、集団行動の自由に対する不当な規制を招来せしめることを許容することができるか否かとは別個の問題といわねばならない。

次に(3)の条件は、本件集会、集団示威運動の時間および行進路線を変更しないことを命ずるものであるところ、時間および行進進路(路線というのと同じである)を変更して行われた集団行動については、本条例五条により同二条三号四号の記載事項に違反して行われた集団行動として処罰の対象とされ、従つて集団行動の時間および行進進路の変更は同条によつて禁止されているものであるが、(3)の条件は、これと同じ内容を有するものである。

また、(5)の前段の条件は、解散地では到着順に流れ解散すべきことを命じているものであるところ、集団行進が解散地で流れ解散をせず、いわゆる解散集会をした場合には右解散集会が無許可集会となることはさておき流れ解散の不実施は、本条例二条三号四号の記載事項違反としての集団行動を行つたこととなり、同五条による処罰の対象となるものと解せられ、従つて同条は、原則として解散地では到着順に流れ解散すべきことを命ずる法意と解せられるが、(5)の前段の条件はこれと同じ内容を有するものである。

従つて(3)および(5)の前段の条件は、本条例が公安委員会に対しもはや条件として付することを委任の対象としていない事項に関するものであつて、本条例自体に抵触し無効である。

(二)  危害防止に関する事項として付された条件について

(1)および(2)の後段「プラカード、旗、のぼり等のえ(柄)に釘を打ちつけ先をとがらす等危険な構造装置を施さないこと」という条件は公共の安寧に対する直接危険状態の惹起に必結する集団行動の自由の具体的行使の態様を禁止するものとして是認されるけれども、(2)の前段「プラカード、旗、のぼり等のえ(柄)に危険なものを用いないこと」という条件は「危険なもの」とは如何なるものをいうのかその具体例さえも示されず抽象的で不明確であるから本条例三条一項但書の必要最小限度を逸脱する条件として無効であり、前記五、の(三)で説明したごとく集団行動の自由に対する侵害の可能性を有し憲法二一条の趣旨に反するものである。

(三)  交通秩序維持に関する事項として付された条件について

(1)、(2)、(4)、(5)の各条件はその規定の体裁内容からして専ら道路交通秩序維持の目的に資するものと解されるばかりでなく、なお、司法警察員高芳清作成の実況見分調書、集会、集団示威運動並びに道路使用許可申請に対する条件付許可書、押収してある一六ミリフイルム四巻によれば、本件集会、集団示威運動の実施された進路は横須賀市の中心街でかなり交通頻繁な道路を通過するもので、本件集会、集団示威運動の予定参加人員も約二万人であつたことが認められるが、右事情を考慮に入れても、右条件違反行為によつて道路交通秩序を乱す危険等があるにせよ、道路交通秩序を乱し且つこれによつて公共の安寧に対する直接危険状態の惹起に必結するような行為とまではいうを得ず、道路交通法による規制の対象としては許容されるにしても、本条例三条一項但書の条件としては必要最小限度を超えるものであつて無効というべきである。これに対し(3)の条件中「ジグザグ行進、うず巻行進、先行てい団との併進、追い越しまたは道路いつぱいに広がつての行進等道路交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件は、これに掲げられた各行為が、本件集会、集団示威運動の進路等に関する右事情のもとでは、道路交通秩序を阻害し、乱し、あるいはかく乱することは必至であつて異常な集団示威運動の実施態様であり、交通する人車その他付近住民の生活利益に著しい影響を与え、これらとのあつれき衝突によつて不測の事態にも発展する危険を包蔵するものであつて、単に道路交通秩序にかかわりあるばかりでなく、公共の安寧に対する直接危険状態の惹起に必結するものと考えられるから右は必要最小限度の条件ということができる。しかしながら、同(3)の条件中「かけ足行進、おそ足行進、隊列のことさらな停滞等交通秩序を乱す行為をしないこと」という条件については、その内容を十分に検討する必要がある。すなわち、まず「かけ足行進」について考えるに、「かけ足」とは形態的に両足が共に地面を離れている状態を伴う急速な歩調をいうものと解されるが、「疾走」するような場合は格別、これに至らないような「かけ足行進」は隊列を乱す危険もまずなく、しかも祭等の行事に際し屡々ワツシヨイ、ワツシヨイと掛け声をかけてかけ足行進することがあるのに鑑み本件集会、集団示威運動の進路等の前記事情を考慮しても異常な行為形態と観念されず、なるほど通常の歩行に比し交通事情に対応するための制止措置がやや困難であり道路交通秩序を乱すことはあつても未だこれによつて公共の安寧に対する直接危険状態の惹起に必結する行為形態とは考えられず、従つて「疾走」のような場合に限らず「かけ足行進」一般を禁止する右条件は、本条例三条一項但書の条件としては必要最小限度を超え無効というべきである。

次に「ことさらな停滞」について考えるに、停滞行為中には各種形態のものが含まれているが、「ことさらな」というのはその中一定のものを限定する意義を有するものではなく、停滞行為一般をいうものと解するほかないところ、停滞行為は交差点等において道路を大幅に占拠するような形態の場合は格別として、その余の場合は道路交通秩序を害する(道路交通法七六条四項二号はその一場合である)ことはあつてもこれによつて公共の安寧に対する直接危険状態の惹起に必結するものとはいえないが、このような場合を含めて停滞一般を禁止するものであるから本条例三条一項但書の条件としてはやはり必要最小限度を超え無効といわざるを得ない。また「おそ足行進」についても同様の趣旨で無効である。

ここで特に注意すべきことは右三個の条件が道路交通法に基く規制として許容されるか否かであるが、この点については道路交通秩序の維持と団体行動の自由との調整としての合理的な限定が施されない限り道路交通法に基く規制としても許容され得ないものと解せられ、かかる条件が、本条例四条の即時強制の根拠となり、同五条の犯罪構成要件を補充し現行犯逮捕の根拠となる以上、集団行動の自由に対する侵害の可能性を有し憲法二一条の趣旨に反するものと解すべきである。

(四)  夜間の静ひつ保持に関する事項として付された条件について

本条件は夜間行進中における拡声機の使用、多衆の合唱、声援、シュプレヒコールを全面的に禁止するものである。しかし、本件は集会、集団示威運動並びに道路使用許可申請に対する条件付許可書から明らかなように、夜間とはいつても午後六時から午後九時三〇分までの間において予定された集会、集団示威運動を許可したものであつて、しかもその進路は前記の如く市街の中心地であるところからして、右のような行為を許容しても一般公衆生活の平穏をさほどに害するものではなく、むしろ一般公衆の側において受忍されるべき程度のものと考えられるのであり、従つて右のような行為は前記直接危険状態の惹起に必結しない行為であつて、これを全面的に禁止することは集会、集団示威運動による思想・意見の表現の自由自体を不当に制約するもので本条件は本条例三条一項但書の必要最小限度を逸脱した無効の条件であり、憲法二一条に違反するものといわなければならない。

七、(一) かくて以上検討して来たように、本件各条件中には本条例三条一項但書によつて付しうる条件として有効なものもあるけれども、本条例自体に抵触して形式的効力を欠き無効であるもの、道路交通法に基く規制の対象となり得ても本条例三条一項但書の条件としては必要最小限度を逸脱して無効であるもの、本条例三条一項但書の必要最小限度を逸脱した無効の条件であつて集団行動の自由の侵害の可能性があるものないしは侵害するものとして憲法二一条に反するものなどが多数混在する。

(二) しこうして本件のごとく、許可処分に付せられた条件中に本条例自体に抵触して形式的効力を欠き無効であるものおよび本条例三条一項但書の条件としては必要最小限度を逸脱して無効であるが道路交通法に基く規制の対象となり得るものを除き、本条例三条一項但書の必要最小限度を逸脱したものであつて集団行動としての表現の自由に対する侵害であるか又はその可能性を有し憲法二一条に反する条件が多数存在する場合には残余の条件に有効なものがあつても、条件全体が無効となるものと解すべきである。蓋し、既に述べたごとく本条例三条一項但書の条件は集団行動の実施が公共の安寧を保持するうえで直接危険を及ぼすのを予防するため必要最小限度のものでなければならないのであつて、このことは、個々の条件についての基準であるのみならず、同時に条件全体についての基準でもあるところ、個々の条件が本条例三条一項但書の必要最小限度を逸脱したものであつて集団行動としての表現の自由に対する侵害であるか又はその可能性のある不当な内容を有する無効の条件であつても、条件としての形式性を具備し、しばしば述べたごとく、本条例四条の即時強制の根拠となり、同五条の犯罪構成要件を補充し、現行犯逮捕の根拠となるべき事実上の効果を有するから、かかる条件もこれが全く付せられなかつた場合と同様に解することができないのであつて、本件のごとく、有効な条件のほかに多数のかかる無効の条件を含む条件全体は全体として本条例三条一項但書の必要最小限度を逸脱したものであつて無効であり、且つかかる条件(正確には公安委員会の条件付与処分)が全体として憲法二一条の趣旨にも反すると解せられる。

(三) なお、条件付許可処分における一部の条件が本条例三条一項但書の必要最小限度を超え憲法二一条に反する場合には当該条件のみを可分的に考え、他の条件の効力には影響しないとする見解のもとでは、有効合憲の条件違反の行為についてのみ起訴されるならば、裁判所としては残余の条件の無効、違憲の点につき判断する必要がなく、かかる条件を存続させる結果となり、かくて公安委員会としては、起訴に当り無効違憲の疑問の余地のない条件違反の行為のみが起訴の対象とされることさえ保障されれば、主として取締の便宜の見地から諸種の条件を付して即時強制や現行犯逮捕の根拠として規制を加えることができることとなり裁判所はかような表現の自由を侵害し又はその可能性を有する運用を保障するという不当な結果を招来するものといわざるを得ないであろう。

八、以上の次第によつて本件条件付許可処分の条件は、全体として無効と解すべきであるから本件各条件によつて補充される本条例五条は適用の余地がなく、従つて被告人に対する本条例五条違反の本件公訴事実は罪とならず、刑事訴訟法三三六条前段により被告人に対し無罪の言渡をすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(別紙)

条件書

一、集会、集団示威運動の秩序保持に関する事項

(1)本集団行動は、主催者および役員の自主統制のもとに秩序正しく行うこと。

(2)主催者および役員は、それぞれ役職を明示したわん章または適当な標識を付け責任区分を明確にしておくこと。

(3)時間および行進路線を変更しないこと。

(4)めいてい者またはでい酔者を参加させないこと。

(5)解散地では到着順に流れ解散し、主催者および役員は、参加団体が平穏に解散するよう指揮すること。

二、危害妨止に関する事項

(1)参加者は刃物、鉄棒、こん棒、石、爆発物、劇薬、その他危険な物件を携帯しないこと。

(2)プラカード、旗、のぼり等のえ(柄)に危険なものを用いあるいは釘を打ちつけ先をとがらかす等の危険な構造装置を施さないこと。

三、交通秩序維持に関する事項

(1)行進隊形は六列縦隊、一てい団の人員はおおむね三〇〇名とし、各てい団間の距離は約三〇メートルあけること。

(2)行進は出発地から京浜急行横須賀中央駅横ガード下までは車道の右側端、同ガード下から解散地までは道路左側端によつて行進すること。

ただし、道路工事等のため現場警察官がこれと異る指示をした場合はこれに従つて行進すること。

(3)ジグザグ行進、うず巻行進、かけ足行進、おそ足行進、隊列のことさらな停滞、あるいは先行てい団との併進、追越し、または道路いつぱいに広がつての行進等交通秩序をみだす行為をしないこと。

(4)旗竿、プラカード等を横にかまえて隊伍を組まないこと。

(5)発進、停止、その他行進の整理のため行う警察官の指示に従うこと。

四、夜間の静ひつ保持に関する事項

拡声機の使用、多衆の合唱、声援、シュプレヒコール等により著しくけん騒にわたるなど周囲の静穏を害するような行為をしないこと。

以上の条件内容は事前または行進の出発時に責任をもつて参加者全員に周知徹底させること。

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